dear

大学生 そのとき書きたいことをそのまま

父方の家へ行く

 


夜、父方の祖母から電話があった。祖父が危篤状態で今日明日も危ないという。入院したのは知っていて、母と日程を合わせて来月あたり行こうかなんて言っていたのでそんなに切羽詰まった状況だとは思わなかった。

 

祖父と同居している父にとりあえず明日そちらに行くと伝えると笑いながらもう意識はないし来る頃には死んでるかもしれないから葬式で来ると二度手間だろ、と言われた。ヘラヘラした話し方に少し腹が立った。構わず5日分くらいの服を出した。

 

名古屋行きの新幹線をすぐにインターネットで予約した。次の日、荷物を詰めて家を出た5分後祖父が亡くなったとの母からメールが来た。汗をだらだらと流しながら家に引き戻し喪服を入れ直した。もう炎天下でキャリーケースを引く気になれずタクシーを呼ぼうと思ったがどこも来てくれない。諦めてまた駅に向かった。いつもよりも汗がべたついている。東京駅でブラウスを買った。新幹線に乗り込む。

 


2時間。

 


一瞬だ。1万円で行けてしまうんだな。顔を出そう顔を出そうと思いながらも、祖父の家を訪ねたのは小学生の頃に一度と、高校生の時の叔父の結婚の2度だけだ。3度目の今回にはもう家の主がいなくなってしまった。

 

今夜が通夜だとは母から聞いていたけど、時間も場所も知らなかった。駅で降りてからどうすればいいのかわからず、父へのメッセージは返ってこない。イライラしていると「南口にいる」とだけ来たので南口に出ると車で迎えに来た父がヘラヘラとした笑顔で手を振っていた。連絡がないとどうすればいいかわからないだろう、迎えに来ているのも知らないわけだし、勝手にバスかタクシーで行こうとするところだったのに、やれやれ。

 

 

物心ついた時には両親は離婚していた。

 

私は母と2人で生きて来たので、一円も仕送りなどしたことのないこの父を私は長年「たまに会いに来るヘラヘラしたおっさん」と思い続けていた。そのおっさんは妙に馴れ馴れしく距離が近く、父親の義務は果たさないくせに権利だけたまに振りかざす厚かましさ。品のない笑い方も自分を性的な目で見て来ることも、まあ、今となってはどうでもいいんだけど。堪らなく嫌だった時期もあった。私が男の人に憧れて興味津々で近づきたくなる、一方でこれ以上ないほど恐れていて全く信用していなくて無意識的に憎しみのような感情すら抱いているようなこと。きっと彼に起因しているところも多々あるのだろう。

 


母とも離れ1人で暮らすうち、やっと父親のことも受け入れられたと思う。ある程度。似ているところも確かにあるし事実私の半分はこの男から始まったのだ。

 


父方の親戚とは微妙な距離感にある。孫ではあるけれど、家系としては縁を切られている。祖母がくりかえし心配して電話をかけてくれていたけれど、どの距離感で返せば良いかわからなかった。ただ祖母の泣きそうな電話の声に、下の名前もうろ覚えな祖父に最期にもう一度会いたいと強く思った。結局のところ間に合わなかったのだけど。

 

立派な黒ギャルに育った従姉の横でお経を聞いていたらぼんやりと通夜が終わった。祖母が、最後の挨拶で80年生きて初めてこれほどの喪失感を味わっていると語っていた。人生とは本当に無常なものだと。その声だけをリアルに覚えている。3人の息子を育て同じ家で50年以上暮らして来た相手を失くすのはどんな気持ちなのだろうか。彼女はこれからの余生をどうやって生きていくのだろう。

 

 

じいちゃん。

 

下の名前を私は今日の葬式で初めて知ったよ。私の好きな声優と同じ名前だったからきっと忘れないだろう。じいちゃん、まともに話したこともなかったけど私は本気で貴方にもう一度会いたいと思って1番早い新幹線で駆けつけたよ。じいちゃん、私は元気にやってるよ、前期は全部優秀な成績だったよ、きっと面白い会社に就職するか先生になるんだと思う。じいちゃん、

 

貴方は私の顔も覚えてないだろうけど確かに私は貴方の孫だ。

 


古びたエアコンの音が響く祖父の家で暫く天井を見つめていた。明日は早くから告別式だというのになんだか眠れる気がしない。私は泣いていいんだろうか?