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大学生 そのとき書きたいことをそのまま

社会、労働、稲垣足穂

 

最近家の中で私は毎日、料理や勉強や筋トレや読書やチェスをして過ごしている。健康で文化的な生活と言えるだろう。楽しいっちゃ楽しい。一緒に暮らす先輩もいるし。

 

ただやっぱり、違うんだよな。生活が堕落しないことに偉いなんて言ってくれる人もいるけど、勉強も筋トレも読書も私が、私の意思で、私のためにやっているだけのことだ。社会と繋がっていない。誰の役にも立っていない。

 

バイトに行きたいと強く思った。他人の、社会の役に立ちたいと思う。そうしなければこの孤立感からは抜け出せない。

 

 

12日、久しぶりにバイトのシフトに入った。居酒屋なのだが百合子のお達しにより閉店時間が早まったのに合わせて開店時間も前倒して12時である。なんじゃこれと思いながら出勤した12時。出勤即主任と会社の悪口を言って「…何する?」「何しましょう?」「てかLINEとかでも12時開店ですよーって広告しないんですね」「したところで客なんか来ねぇよ」「アハハ!」と会話をする。2時間なんとか暇を潰したところでお客さんが来た。人のために働けるのは嬉しい。ドリンクを作ったり、説明をしたり、料理を運んだり。ああ社会の歯車の一部になれている、と思う。日本人的なつまらない考え方なのかな…でもやっぱり自分は社会の中に在りたいしそう感じていたい。

 

お客さんが来たところで暇なので、まかないに使ったタルタルソースが100gあたり550kcalあることに気がついて主任と大爆笑しながらタルタルソースを飲んで「ワー!クソデブだ〜!」「はい今1キロ太った〜」とかやってたら今日のバイトの出勤時間が終わっていた。歯車の一部の割に社会をなめすぎている。

 

しかし3時間程度とはいえ社会の中にいられて気分が良い。

 

帰りに最寄りの駅前の古本屋で稲垣足穂一千一秒物語安部公房砂の女を買った。数日前から読み進めていた三四郎を読み終わったので(少し泣いてしまった、すごく好きだった)砂の女を手に取り、そのまま夜中までかけて一気に読み切ってしまった。明日からは稲垣足穂を読もう。次の日に継続する楽しみがあることは良い。私のこれからの数日は稲垣足穂によって繋がっている。この春はすることもないのでよく本を読んでいる。いずれ4月に読んだ本をまとめようと思う。

 

朝起きたら夢の中で大好きな推しに会えて、目が覚めたとき少し混乱した。彼が昔配信サイトで仕事について語るときの言葉をぼんやり思い出した。「仕事をしていないと人間がちょっと…だらしなくなる気がします」「仕事に集中できる理由は一つしかありません。食べて生きていくためです。仕事とはそういうものです」「給料日だけ見ながら走るんです。それで給料が入ったら1.2日はちょっと気分が良くなってそれで…また次の給料日に向かって走るんです」「多くの意味を付与する必要はないと思います」。すべて印象的だった。世界のトップアイドルが、億ションを買っている男が言うのである。アイドルらしからぬ言葉だ。私は彼のアイドルを真っ直ぐ仕事と思っているところが好きだ。仕事として正しく向き合っている。それが誠実なもんだから冷めているようには感じない。信用できる人間だと思う。勿論彼の場合、仕事のうちでも作詞作曲編曲というアイドルよりは「仕事」らしいともとれる部分が多くを占めているからかもしれない。

 

 

あなたの言う通りだった。社会の中で生きる人間が働くことに多くの意味を付与する必要はない。仕事をしないとだらしなくなる。食べて生きていくために給料日に向かって走るのだ。