dear

大学生 そのとき書きたいことをそのまま

社会と相性が悪い

課題が終わらない。


私の大学は元から課題の多さで有名なのですが、オンライン講義にあたり全てがバグった全ての教授が1.7倍課題を出しているので、課題が終わらない。毎日講義に加え平均3.4時間課題に費やしてもどうしても常に3〜6つ課題が溜まっている。永遠に終わらない。


課題が終わらないというのは、「やらなきゃいけないことが溜まっている」というのがめちゃくちゃしんどい特性を持つ私にとっては本当に…本当にしんどい。課題がたまっていくごとにどんどん深く沈められて身体が重くなり息ができなくなる、一つ課題をこなせば少し身体が軽くなるんだけどまた日々の授業で課題が増えると深海に引き戻されて心臓に圧力がかかり、どんどん息が苦しくなる、何をしていても、好きなアイドルを見ていても、友達と会話をしていても常に「ああ、私はするべきこともしていないのに」がつきまとって息が苦しくなる、

 

 

 

そういうことです。

 


そんな生活が続くとたまに私の大事にしているものが何から何までくだらないように思えてしまう。不器用で頭が悪くて気の利かない自分が部屋の隅で後生大事に必死に抱きかかえている真面目さとか正義感みたいなもの、深く考え込みすぎてしまうところ、数多くの私より優秀な人たちはそんなもの全く気にせずくだらないねと一笑してどんどん離れていっている気がする。私が悪いんだろうか。私が悪いんだろうか?何が?一人バカ素直に読めと言われた文献を1から10まで読んでいることが?自分が他人に課題やレポートの助けを求めるようなマネをすることが絶対に許せないことが?どれだけ大好きな人だとしても他人と当たり前に長時間一緒にいられずすぐに疲れてしまうことが?イベントが続くとすぐ一人になりたくなってしまうことが?何もかも言葉にしないと落ち着いていられないことが?そもそも発達障害なことが?注意欠陥障害のせいで出かける度に物を失くして常に意識的に気をつけていないと期限内に提出物を出すことができないことが?


私は本当に基本根明ポジティブ馬鹿なのですが多分それは人の倍鈍感ゆえに自分のキャパシティの小ささを自覚していないだけで、限界点を超えた瞬間「あっもう全部無理!」と投げ出してしまいそうで、それが一番怖い。私がくだらないと知りながらも大事に抱えてきたすべてを。


しかし私のその面倒なところは、他人にとっても社会にとっても何の関係もないことを知っている。本当に、何の関係も、ないのだ。それらすべては私一人の問題で、他人にも社会にもそれを慮る責任なんてない。私だって愛してもいない他人の問題を一緒になって抱え込むなんてできない。たぶん私は根本的な自己評価がすごく低くて、それでも、例えば料理や筋トレや課題やバイトをこなすことによって「駄目なりに頑張っている」ことによって自己肯定感を稼いでいる気がする。いわば行動に依存しているんだ。だから、ダラダラすることができない。他人に課題や仕事を頼ることができない。「元から駄目」な自分が「頑張ることをやめて」「ズルをしだしたら」、本当に自分で自分を受け入れられなくなってしまう気がするから。この自分で勝手に作り上げた謎のプレッシャーが重くて、少しの「やらなきゃいけないことが溜まっている」がバカみたいに重く感じられてしまう。

 


社会と相性が悪いのだ。私はたぶん少しだけ、社会と相性が悪い形に産まれてしまったのだ。

 


それでもレイバンのサングラスをかけながら友達と一緒にコロッケを揚げたりインターネットで人と話したり推しの動画や音楽に触れて、なんとか私は私の形のままやっています。それらはほんのその場しのぎかもしれないけれど、その場しのぎも繰り返せば人生になるしそうやって今のところ21年半は生きてこられているので、私はこれからも社会と相性が悪い形のまま自分なりの気晴らしを積み重ねてなんとかやっていくんでしょう。なんとかやっていくし、なんとかやっていくしかないことはわかっているので、これはただの愚痴です。

 

 

まあ長々と愚痴りましたがなんだかんだ全部大丈夫なんですよ、私には筋肉があるし……