dear

大学生 そのとき書きたいことをそのまま

旅館の近くには金木犀がよく咲いていた

そろそろ昔のように文章のひとつくらい書いてみたらどうなんだと思いながら、ここのところ何も言葉にしたいことがなくて困った。思考を言語化できないどころか、最近の私はそもそも特になんにも考えていないのだった。


『暗夜行路』の主人公がよく住む場所を変えては文章を書くことが捗ったり捗らなかったりしているのを見て、さては普段と違う土地に行ってみようかしらと思い来週に箱根の旅館を予約した。ソウルでお金を使い過ぎたので、1泊2食付で2万に収まる程度の適当な宿だ。折角わざわざ1人で旅館に泊まるのなら特別なところが良いんじゃないの?とも思ったけど、そもそも最初から特別な旅館なんてものはない。私が実のところ今旅館に求めていることは女1人で来週の連休に1泊2日できて、朝夕のまともな味のご飯がついていて、タトゥーでも温泉に入浴可であること、それだけ。それを満たすうちで一番安いところに泊まったとて何も恥じることはない。私自身だってこの間ふと空いた日に誘ってくれた友人からしたら、その日の予定が空いていて、都内に住んでいて、年が近くて、酒が飲めて、自分と同じようにK-popアイドルの知識があるだけ。それでも彼女が誘ってくれたその日に一緒に過ごしたことによって私と彼女の間に新たな時間が生まれ、彼女にとっての私はこれまでよりも少しだけ特別になる(かもしれない)。


とにかく、まずは過ごすことから始まるのだ。


10時半発のロマンスカーに乗って新宿から箱根湯本へ行く(1週間後の行き先に箱根を選んだのはロマンスカーのお陰でとにかく交通が楽であるからだ)。特に何を考えることもなく箱根湯本に着き、駅の近くにある有名な蕎麦屋に入った(45分ほど並んだ)。箱根湯本の駅を降りた時には肌寒く少し雨が降っていたが、私の旅はたいてい雨であるためこの程度では何も動じぬ。リュックから出したウィンドブレーカーのフードを深く被り足早に歩いて蕎麦屋に向かった。蕎麦はそれなりに美味しかったが、天麩羅の油が美味しくなくて食後胃もたれを感じた。天つゆの味も薄すぎるように感じた。コンビニに入ってR-1と水を買って流し込んだらいくらかましになった。

f:id:A3n28:20240101154927j:image

何度か箱根に来たことがあるが美術館ばかり巡って大桶谷に行ったことがなかったので、登山鉄道とケーブルカー、ロープウェイを乗り継いで大涌谷に向かった。15時近くに大涌谷に着いた時には先ほどよりかなりしっかりと雨が降り始めていたけど、立ちこめる硫黄の匂いに雨の匂いが混ざって心地よかった。旅行の日が雨でも誰にも申し訳なくならなくて良いのは一人旅のよいところだなと久方振りに思う。私個人は雨で悴む指の感覚も好きだが、人と一緒にいるとなると私も晴れているのがもちろん良い。雨の日に人と屋外にいるのは少し苦手だ。私のせいではないにせよ、なんだか申し訳なく感じるからだ。そういうところがきっと良くなかったんだ、と思う。

 

山が突如削られているような荒々しい斜面(3000年前の箱根火山の水蒸気爆発によって山が崩壊して出来た地形らしい)、岩の隙間から絶えず立ち上る湯気と、咽せ返るような硫黄の匂い。母と2人で仙台に住んでいた頃に何度か行った蔵王御釜を思い出した。

f:id:A3n28:20240101154953j:image

 

山や海に行き、その一部が荒々しく削られている様子を観ると、地球は水と岩で出来ているのだと実感できて神妙な気持ちになれるのが好きだ。鋸山に1人で行った日にも似たようなことを書いていた気がする。一見すると緑に覆われていて穏やかな山であるが、その中身は(火山である場合)どこまでも荒々しく只岩であると…こう書くとめちゃくちゃかっこいいな。山、かっこいい。

かの有名な黒卵を買ってその場でひとつ食べた。皮は黒いが、剥いてみると真っ白なゆで卵で食べてみてもいまいち普通の茹で卵と味の違いがわからなかった。4個入りしか売っていなかったが夕食の時間は18時と決まっていたので、あまりお腹を満たしすぎない様ひとつだけ食べた後は袋に仕舞った。またロープウェイとバスを乗り継いで旅館に移動する。

f:id:A3n28:20240101155047j:image

旅館最寄りのバス停に降りてから10分ほど地獄のような坂道を登って旅館に着いた。旅館の近くには金木犀がよく咲いていて、辛い坂道を越えてきたところを香りで迎えられているようだった。サイトを見て期待していた通りの地味な旅館だ。道を歩いてこの旅館に来た人は辿り着いた時に皆息が上がっているのだろうと思いながら、クールに息を整えてチェックインの手続きを終える。部屋に入って浴衣に着替えてからすぐに温泉に入った。地味な温泉だが、スタッフの説明曰く何かの十五選には入っているらしい。何の十五選かは忘れた。こちとら二十歳でタトゥーを入れてから約5年、まともな温泉に一度も入っていないのである。どこの湯がどこよりどんだけ良いかなんて判る筈もない。

 

f:id:A3n28:20240101155343j:image
f:id:A3n28:20240101155123j:image

運良く私が入った時には女湯に誰もいなかった。地味な旅館らしく大容量のボトルに入ったボディーソープとリンスインシャンプーの2つだけが置かれている。コンディショナーとトリートメントが現れてからリンスという単語を滅多に聞かなくなったのでなんだか懐かしい気持ちになった。私は昨日2万4千円の髪質改善を受けてきて、今日は1万8千円1泊2食付きの宿でリンスインシャンプー一本で髪のケアを終えている(流さないトリートメントも持ってくるのを忘れた)…。


5年ぶりの温泉はたいへん気持ちよかった。


温泉を上がってから夕食会場に向かう。地味な旅館なので、夕食会場に来ている私の他の宿泊客は4人の家族連れと6人の中国人団体客だけだった。勿論1人で来ているのは私だけだ。

食事には正直そこまで期待していなかったのだけど、値段の割に地味ながら美味しい食事だった。例えば味噌汁の出汁やちいさな副菜ひとつひとつが丁寧によく考えて作られている味とは感じられないけど、刺身は悪くなかった。天麩羅が出てきた際に食べ切れるか不安に思ったが、昼の有名蕎麦屋の天麩羅より何倍も美味しくすべて平らげてしまった。お米の硬さも丁度良かった。一杯目だけ梅酒を頼み、その後箱根街道という名前の地酒を300mlの瓶一本で頼んだ。それは正直言って全く私の好みの味ではなかったが、まあ仕方ない。

 

f:id:A3n28:20240101155216j:image

給仕は主にベテランらしい50近い男性と私より若いくらいのおそらく南アジア系の青年が行っていた(日本語が母語のようだったので多分日本で生まれ育ったのだろうと思う)。客が少なかったのもあり青年はずっとホールに出てよく気が付いてくれていたのだけど、まだ仕事に慣れていないらしく卓に入る度に彼の緊張が伝わってきた。一度声をかけてから去るまでに毎回3回は「失礼します」と言っていた。私も飲食店で働いていたことがあるからよくわかる。最初は適切なタイミングが分からないので兎に角緊張を抜けないまま卓に入って良いタイミングを今か今かと待ってしまうし、いざ卓に入るとお客様の前で無言で作業するのが怖くて何かしら失礼しますやすみませんばかり繰り返し口にしてしまうのだ。彼は185cm近い大きな身体を丸めながら、とても丁寧に食事を運び、水を注いでくれた。彼がタイミングよく私の皿を下げてキッチンに戻る度にベテランらしい男性の「よし!」という声が奥から聞こえてきた。まだ研修中のような立場なのだろう。


私はその青年を見ていると気分が良く、彼の不器用さと一生懸命さをとても美しいと思った。同時に、彼を前にすると自分がとても面倒で、汚れており、老いた存在に思えた。でももしかしたら、まだ慣れない配属先の上司の目には私も彼のように映っているのかもしれない。不器用だが一生懸命で美しい…そんな筈はないか。そんな筈はないな。私を一生懸命と呼んでしまうのは、一生懸命という言葉に対して不誠実だと感じる。不器用でさえ、私を不器用と呼んでしまうのは、不器用に対して不誠実に感じる。私はよく自分のことを(とても激しく!)不器用だと感じるが、実際のところ私は不器用という言葉には相応しくないように思う。

飲みきれなかった箱根街道を青年が持たせてくれたお盆に乗せて部屋に持って帰り、昼間買った黒卵を食べた。大涌谷で食べた時にはあたりいちめん硫黄の香りで気付かなかったが、静かな旅館で食べた黒卵は硫黄の香りがよくしてなるほど、と思った。

 

部屋で飲んでもやはり美味くない箱根街道をひと口飲んで、さていよいよ困った。私は1人いろいろな面倒ことを思う存分考えたくてわざわざ箱根くんだりまで来て地味な旅館に泊まっているというのに、なんなら箱根から帰ってきた私はなにかしら新しい価値観を土産に今後の進む道や自分自身のことをよく整理つけているだろうと期待すらしていたのに、今のところ私は東京にいる時と変わらずなんにも考えていないのだった。

特に考えることもないので志賀直哉『暗夜行路』を主人公が結婚したところあたりまで少し読み進め、もう一度温泉に入りに行った。はじめは誰もいなかったが、数分湯に浸かっていると同い年くらいの女性が1人入ってきた。先ほど夕食の席にはいなかった女性だ。彼女は身体を洗った後に私が浸かる温泉に入ろうとしたが、おそるおそるお湯に手を付けてから片足を触れ、慌てて引っ込め、というのを5分ほど繰り返していた。

「熱いですか」と私は笑顔で話しかける。彼女は困ったように笑いながら私を見て「熱い…」と呟いた。私はこの温泉はなかなか浸かりやすい温度だなと思っていたところだったので、これだけ熱がり湯に入るのに躊躇っている様子からして外国から来た方かしらとも思ったのだけど、「熱い」の発音と彼女の顔立ちだけでは明確に外国の方と判断できなかった。彼女がまたさらに5分ほどかけて身体を少しずつ少しずつ湯に縮めていく間じゅう、英語で話しかけようかしら、でももし熱さにとても弱い日本人だったら突然英語で話しかけたら戸惑うだろう、など考えて結局5分後ようやっと彼女が全身を湯に浸からせることに成功した時には笑顔で小さく拍手だけを送った。彼女も笑っていた。その笑顔が可愛かったのでもう少し一緒にいたかったのだけど、もう15分ほど湯に浸かっている私は頭がぼんやりしてきているし先程300mlの日本酒を飲んだところなので、大人しく先に上がることにした。

部屋に戻ると湯上がりの心地よさでもうこのまま眠ってしまいたい気がしたので歯を磨いて眠った。22時頃だったと思う。

 

雨の音で7時頃に目が覚めた。旅館という建物に雨はよく似合う。暫くインターネットを眺めてから服に着替えて朝食に向かった。浴衣のまま寝たので洋服に着替えたのだけど、私は浴衣に比べると随分洋服が似合わないなと思った。結局のところ洋服は洋服と書くだけあって、西洋の人の体格に似合うよう作られた服なのだと思う。今年の夏は部屋着に浴衣を買ってみようかと考えた。在宅勤務をしている時にふとカメラをつける会議で私が浴衣を着ていたら、上司は面白がってくれそうである。

f:id:A3n28:20240101155257j:image

朝食にはかれいの煮付けが出されたが、昨夜の夕飯ほどは美味しくなかった。美しい青年もいなかった。住み込みで働いているわけではないのだろう。蟹の味噌汁は良かった。朝食を済ましてから、最後にもう一度温泉に入った。昨日は狭い方の風呂が女風呂であったが、今朝は広い方の風呂が女風呂になっていた。昨日よりも4倍は広い風呂で、前面がガラス張りで竹林と雨の様子がよく見えて美しかった。昨日の大涌谷からずっと硫黄の香りを嗅いでいる気がする。

f:id:A3n28:20240101155321j:image

部屋に戻ってから荷物を片付け、旅館を出た。雨の中10分ほど歩いたバス停から小田急の高速バスに乗る。この1本で新宿に帰れるのだ。最初は一度箱根湯本に戻って何かしらもう少し観光をしてからロマンスカーで帰ろうと思っていたが、湯上がりの暖まった身体のまま東京に帰りたかったので9時半発のバスですぐ帰ってしまうことにした。

 

そうして小田急バスの中でこの文章を書いている。いよいよ本当に何も考えないまま東京に帰ってきてしまった。もう池尻大橋である。考えることがないのは今は何も考える必要がないからなのだと思うことにした。結局のところ今の私に必要なことは、淡々と日々を積み重ねることくらいなのかもしれない。朝風呂のお陰か旅の疲れを感じないくらい身体が軽いので、新宿でバスを降りたら家に帰る前に無印良品とスーパーに寄ろうと思った。淡々とした私の日々のために必要なものを買おう。ああ、でも本当に5年ぶりの温泉は気持ちよかった。地味な旅館から眺める雨が良かった。ただ5年ぶりに温泉に入りに行っただけだったとしてもそれはそれで悪くない旅行だ。またよく勉強して、野菜を食べて、運動して、家を綺麗に保ちながら、淡々と地味に日々を積み重ねよう。

 

 

 

 

ててまる3号

 

 

天気が良いので今日は自転車を漕ぐことにした。


f:id:A3n28:20210221195151j:image

 

 

なんとなく必要そうな最低限の荷物とおやつをリュックに詰め込み、家を出て自転車に跨る。まずは2日前からピッツァが食べたくて仕方がないので駅前にピッツァを食べに行くことにする。私はピッツァのことが好きなのでこのあたりのピッツァ屋は大抵訪れたことがあるのだが、ひとつ食べログで気になっていながらまだ訪れていないピッツァ屋があったのでそこに行くことにした。ピッツァ。言うまでもなく気取っています。

 

自転車を漕ぐ。天気が良い。天気が、良い!寒さというものが全く含まれていない天気だ。自転車の調子もいい。若干ライトをつけると不穏な音が流れるが、日が落ちる頃には家に戻っていたいのであまり問題ではないだろう。

 

さて、ここで私は2年間乗り回しているこの自転車に名前がないことに気がつく。なんてことだ。しかし折角今日、人生で初めて「特に目的とかないけど天気いいから自転車乗り回すだけの一日ってやつをしちゃおっかな」と思ったのだからこの記念に今更だが名前をつけてみようと思う。この自転車は鮮やかな緑色をしている。BTSでマイクの色が緑なのは誰だっけ?キム・テヒョンだ。そこで私はこの自転車をててまる3号と名付けることにした。ちなみにててまる1号は敦煌の石窟寺院で螺旋丸習得の修行をしているし、2号に至っては3年前に木星の姫に見初められて以来地球に帰っていない。

 

ピッツァ屋に入りマルゲリータのランチセットを注文する(私はピッツァを食べるとなったらマルゲリータしか注文しない)。うまい。やっぱり石窯で焼いたピザは生地が違いますよね、と言いたいが最近石窯で焼いていないピザを食べていないので正直何とどう違うのかはよく分からん。私の家の徒歩圏にはランチには1000円前後で石窯で焼いたマルゲリータを食べられる店が4つほどあるので講義の合間を縫って月に2.3回食べに行っている。

いいでしょ。


f:id:A3n28:20210221192303j:image

 

 

それにしても石窯ってかっこいいな。外側は鮮やかな色のタイルて飾られているのになんかこう…黒い…強そうな窯の中はめちゃくちゃ燃えてるしめちゃくちゃうまいピザ…違うピッツァのこと作れるんだもんな。最強だ。石窯になりたい。はい、私の将来のビジョンは日本のピッツァ業界を牽引するような石窯になることです。具体的には、5年以内に自分がリーダーを任されたプロジェクトで成果を残し、石窯部長に就任します。そして10年以内には東京の三ツ星レストランの厨房に置かれるという目標があります。そのために現在も毎日の筋トレを欠かさずより強固な石窯へと…ダメだ、最近毎日ESのことばかり考えているせいで気を抜くとすぐES形式にしてしまう。私は勉強とか就活とか忘れるために今日は久しぶりに一日出かけるんだよ。大体石窯部長って何だ。ちょっと本当にそういうあだ名の部長居そうだな。口数も少ないし最初はとっつきにくくて若い女の子達に怖がられてるんだけど実はめちゃくちゃ信念があって頼れる上司なんだよな。しかも家族をめちゃくちゃ大事にしているし石窯部長の下で鍛えられた社員は後に焼きたてピッツァのように魅力的な人間へと成長して…違う、石窯部長のことは置いておこう。ピザ、うまい。ありがとう石窯部長。

 

 

ということで無事ピザ、ではなくピッツァを腹に収め、ててまる3号に乗り込む。既にお尻と脚が痛い。昨日夜久しぶりにジムに行ってトレーニングしたせいだ…しかしタニタに色々と身体のことを測定してもらったら体脂肪率は案外23%あるし筋肉量に至っては「少し足りないですね」などと言われて二度見してしまった。私で少し足りないのか!?っていうか「少し足りないですね」ってなんだ。少し、ってなんぼよ。具体性が少し足りないですね。

 

イヤホンのシャッフル再生はしょっぱなからBTSのLOSTを流している。いや、これからサイクリングするのにLOSTて。しかし今日の私はひたすら目的なく線路沿いを走るつもりなのでLOSTは…しない…筈だ……

 

先月タイヤを取り替えたばかりのててまる3号はぐんぐん進んでいく。暫くは私も何度か走ったことのある道だが、20分ほど漕いでいるともう全く見たことのない道になった。道が広くて人が少ない。チェーン店みたいな大きさのチェーン店ではなさそうな珍妙な店が並ぶ。看板のフォントがデカくてわかりやすくてダサい。イヤホンからはクラムボンのシカゴが流れている。クラムボンとかミツメの曲を聴いていると何故かキム・テヒョンのこと思い出すんだよな。っていうかお前、日本のインディーズバンドも色々知ってるだろ絶対。最近何聴いた?今度こっそり教えてくれよ。

 

 

少し疲れてきたので目についたベンチで休む。13時も超えると日差しが強い。ウィンドブレーカーの中の服を1枚脱いだ。ウィンドブレーカーは前ポケットが便利なので脱がない。靴からマスクまで全部黒で出てきてしまった…


f:id:A3n28:20210221192425j:image

 

あっ端に写っている緑はおやつの無印で買ったラムネです。ラムネ、いいよね。たまにふと食べたくなるもんな。すっぺ〜

 

再び自転車を漕ぎ出す。だんだん目に映る景色の情報量が減ってくる。田舎、いいよなあ、余白があって。っていうか校庭が広い。仙台にいた頃通っていた私の小学校くらい広い。団地も一棟一棟距離がしっかり取られていてどの部屋も日当たりが良さそうだ。いいなぁー。都会は余白が少ない。隙間なく建物や情報が詰め込まれている。緑がないわけじないけど、「ここに緑を置こう」という意識の下に緑で埋めているような…なんだろう、自然さがない。しかし田舎に戻ったら田舎で戻ったで私も情報量が少ないと文句を言うんだろうな、高校生の頃そうであったように。

 

 

イヤホンからはウーター・ヘメルのBreezyが流れている。気分が良い。私は音楽の歴史や分類について詳しくはないが音楽を聴くことはかなり好きで、そして最近私が好きな音楽は大抵ジャズかR&Bオルタナティブロックという名前がつけられていることに気がついた。多分私が一番好きな音楽のジャンルはジャズだと思う。と気がついてからよく家にいる間はBLUE NOTEのプレイリストをシャッフルで流している。全然どれがだれのなんの曲かはわからないんだけど。

 

 

暫くててまる3号を漕いでいたら突然なかなか敷地面積の広く大きくて新しそうなショッピングモールのような場所についた。折角なので駐輪場に自転車を停めて散歩することにする。うわ駐輪場が無料だ…すごい…そこでトイザらスが目に入った。

 

 

さて、私はトイザらスに入ったことがない。

 

 

幼少期を過ごした土地にもトイザらスがあることはあったが、なんとなく私はおもちゃやゲームというものに昔から興味がなくひたすら本ばかり読んでいる可愛げのないヤツだったので、本当に一歩も足を踏み入れたことがないのだ。

 

 

…いっちょ、行ってみますか。

 

 

 

ということでトイザらスに足を踏み入れる。おもちゃが!!!!すごく!!!!ある!!!!!そして店内に入ってすぐ21歳という私の年齢は一番トイザらスにふさわしくない年齢であるということに気が付いてしまった。お母さんには若いし妹弟がいるにも年が離れすぎているだろうし…なんとなく居るだけで申し訳無さがある。すみません。

 

しかしすごい。おもちゃというものは、色数が多い。統一感がない。色数が……本当に…多い…………ベージュ系女子とやらはトイザらスの店内にある色数を見たら気絶するんじゃなかろうか。あとなんか服が売っているんだけどなんかもうこの売られている服が子供が普段着ていい服なのか遊びとしてのコスプレ用のものなのかよくわからん。もう子供服なんて何が「普通のデザイン」で何が「普通じゃないデザイン」なのか覚えとらんのだ。大体幼稚園生とか小学生なんて何着ても「こども」と「小さい」が強すぎて服の違和感なんて忘れてしまう。あと色々な場所からドーンとかドギャーンとかピコピコとか音が聞こえる。色数と音数の多さにくらくらしてきたので一旦店を出てベンチで休憩することにした。いやすごいトイザらス、これは…子供のうちに行っておくべきだった。21歳で初めて見るには刺激が強すぎる。

 

 

暫くショッピングモール内のベンチで休む。水筒に入れたお茶を飲む。熱い。今朝沸かしたてのお茶をTIGERのボトルに入れたのだから当然だ。いいんだよ私は暑い日に熱い飲み物を飲める女……

 

 

10分ほどベンチで虚空を見つめた後ショッピングモール内を探索すると駄菓子屋を見つけた。吸い込まれるように入り15ねん前を思い出しながらぽいぽいとカゴに入れていく。あーそうそうあったな、これ、懐かしいな、50円とか超えるともう高級品だったな…21歳の私はトイザらスに居場所がない代わりに駄菓子屋で値段を気にせずなんでも買えてしまうのだよ。と思いながらレジに並ぶ。なが〜いレシートの最後に示された合計金額は240円だった。

 


f:id:A3n28:20210221192512j:image

 

サイコー。

 

さてショッピングモールを後にしてまた自転車を漕ぐ。と、どこかで道を渡りそこねてしまい線路から外れてしまった。さらに車線の右側だ。すぐ左に渡ろうと思っていたのにずいぶん長いこと横断歩道がなく、仕方ないので歩道に上がり自転車をのんびり押して歩く。右手にはひたすら柵。柵、って何だ。何が囲われているんだ、私の右手には何があるんだ、って、

 


f:id:A3n28:20210221192530j:image

 

米軍基地か。

 

柵の内側が見えるようになったところで白人の家族がだだっぴろい敷地内を歩いている様子が見えた。その後なんとか左側の車線に渡れたのだが、確かに道を渡ってみるとこのあたりの店はどこかアメリカンである。バーガーショップ、英字の並んだバイク屋、スプレーアートがされた壁もある。面白い街だな、と思ったところでまた左に曲がると線路沿いの道に戻ることができた。

 

 

ここからしばらくは本当に只管線路沿いだ。只管線路沿いの道を走っていると、途中から目の前を私と全く同じように全身黒、ショートカットの女の子が走っていた。高校生くらいだろう。いつの間にか私の目の前にいたのでいつどこで合流したのか全く記憶にない。自転車まで同じ緑だ、が、彼女の自転車は買いたてのようにぴかぴかしていて私のはそれに比べると、薄汚れて、いる…うう、ごめんなててまる3号、明日ちゃんと綺麗にしてやるからな…

 

線路沿いの一本道をひたすら自転車を漕ぎ進めている人間は私と後ろ姿そっくりの彼女しかいないのでなんだか途中から不思議な気分になってきた。生き別れの妹だったりするのだろうか?このまま彼女の後をついていったら何が待っているんだろう。そう思うと目の前を走る彼女が今にも突然振り返り、慌ててブレーキをかける私に「お姉ちゃん、まだわからないの?私よ」などと言ってきそうな気がした。が、線路沿いにある似たような駅を3つほど過ぎたあたりで彼女を見失ってしまった。似たような駅3つのうちのどこかで住宅街に入り込んだのだろう。さようなら、妹よ。

 

 

もう15km以上走っている。随分疲れてきた。妹と別れてしまった寂しさからか、ててまる3号が話しかけてくるようになった。

 

いしおちゃん、そろそろ折り返して帰ることにしたほうがいいんじゃない?

そうかなあ…

おしり痛いでしょ。

痛いよ…

僕のサドル小さいのにいしおちゃんおしり大きいからね。

 

うるさい。

 

 

また似たような駅が見えたので駐輪場(またも無料だ)にててまる3号を停めてコンビニに入る。冷たいカフェオレを1本買い、店の前の椅子ですぐに飲み干した。レジを担当したアルバイトの男の子は新入りらしく、先輩の女の子が後ろで手順を教えていた。男の子は少し不器用そうだったが、一生懸命に手順をこなしている。かわいいな。先輩の女の子も好きになってしまうかもしれない。いや、あるいは彼女も家では同性の恋人が3人待っているかもしれない。人は一見しただけじゃ何も分からないものですよ。

 

カフェオレを飲むときにマスクを外すと、風の中に砂と石と木と、どこかの家の夜ご飯の匂いが混ざっていた。私達はここ一年ほどで町がどんな匂いをしているか忘れているよなあ、と思う。

 

途中で脱いだ服を着込んでててまる3号を駐輪場から連れ出す。もっと休ませてもらえると思ったのだろう、彼は不満げにギィと音を立てる。

 

なに、本当にもう帰っちゃうの?

帰るよ。

何もしてないのに。今日は一体何したかったの?

一緒に散歩がしたかったんだよ。

ふうん。

 

 

という訳でまた来た道を戻る。帰りは一切寄り道をしなかった。ただ只管に音楽を聴きながら自転車を漕いだ。行きは自分でも思考を記録しようと思っていたのでときおり立ち止まってはメモをしながら進んでいたけど、帰りに誰に伝えるでも残すでもなくただぼんやりいろんなことを考えながら自転車を漕ぐのもまた楽しいことだった。公園で見かけたひとり皆から離れたところにいた黒人の男の子と、セックス・エデュケーションの撮影場所そっくりな車の廃棄場のことだけ妙に覚えている。適当に気に入った場所の写真を撮ったりした。これはそのへんの倉庫と花。


f:id:A3n28:20210221192624j:image

 

なんつー地味な写真だ。

 

やれやれ、本当に何がしたかったんだろうな。私は今日、一体何をしたんだっけ?私は、今日……自転車を、漕いだ。とてもたくさん漕いだ。自転車に名前をつけて、知らない駅をたくさん見て、トイザらスにビビって、駄菓子を買って、知らない町の生活を眺めて、生き別れの妹に出会って、コンビニでカフェオレを買って帰った。その中でいろんなことをぼんやり考えていた。40km自転車を漕いだ。

 

 

 

うん、十分。

 

 

 

などという妙な達成感に包まれ、何度かここはどこかわかりまセンターに電話をかけてLOSTしながらも私は無事家に辿り着いた。ててまるにお疲れ様、と言うといや〜疲れたよ本当に…と心なしか朝よりもタイヤがやわらかくなっているように見える。ごめんごめん、またすぐ空気入れ直して油差してあげるからさ、懲りずにまた一緒に散歩しようよ。

 

 

ベッドに倒れ込む前にててまる1号と2号に手紙を書いた。中国はまだサイクリングには寒い?木星の町はどんな匂いがしますか?中国も木星もまだ見たことのない私にとってはひとしく遠かった。20km移動するだけで世界はまだまだ私の知らないことばかりだ。

 

 

世界は広いよ。今度はどこに行こうか?

 

 

 

社会、労働、稲垣足穂

 

最近家の中で私は毎日、料理や勉強や筋トレや読書やチェスをして過ごしている。健康で文化的な生活と言えるだろう。楽しいっちゃ楽しい。一緒に暮らす先輩もいるし。

 

ただやっぱり、違うんだよな。生活が堕落しないことに偉いなんて言ってくれる人もいるけど、勉強も筋トレも読書も私が、私の意思で、私のためにやっているだけのことだ。社会と繋がっていない。誰の役にも立っていない。

 

バイトに行きたいと強く思った。他人の、社会の役に立ちたいと思う。そうしなければこの孤立感からは抜け出せない。

 

 

12日、久しぶりにバイトのシフトに入った。居酒屋なのだが百合子のお達しにより閉店時間が早まったのに合わせて開店時間も前倒して12時である。12時開店の居酒屋…と思いながら出勤。主任と会社の悪口を言ってから「…何する?」「何しましょう?」「SNSとかでも12時開店の広告とかしないんですね」「したところで客なんか来ねぇよ」「アハハ!」と会話をする。2時間なんとか暇を潰したところでお客さんが来た。人のために働けるのは嬉しい。ドリンクを作ったり、説明をしたり、料理を運んだり。ああ社会の歯車の一部になれている、と思う。日本人的なつまらない考え方なのかな…でもやっぱり自分は社会の中に在りたいしそう感じていたい。

 

お客さんが来たところで暇なので、まかないに使ったタルタルソースが100gあたり550kcalあることに気がついて主任と大爆笑しながらタルタルソースを飲んで(タルタルソースは飲むものではない)、「現在進行形でふくよかになっております」「たった今1キロ太りましたね」とかやってたら今日のバイトの出勤時間が終わっていた。歯車の一部の割に社会をなめすぎている。

 

しかし3時間程度とはいえ社会の中にいられて気分が良い。

 

帰りに最寄りの駅前の古本屋で稲垣足穂一千一秒物語安部公房砂の女を買った。数日前から読み進めていた三四郎を読み終わったので(少し泣いてしまった、すごく好きだった)砂の女を手に取り、そのまま夜中までかけて一気に読み切ってしまった。明日からは稲垣足穂を読もう。次の日に継続する楽しみがあることは良い。私のこれからの数日は稲垣足穂によって繋がっている。この春はすることもないのでよく本を読んでいる。いずれ4月に読んだ本をまとめようと思う。

 

朝起きたら夢の中で推しに会えて、目が覚めたとき少し混乱した。彼が昔配信サイトで仕事について語るときの言葉をぼんやり思い出した。「仕事をしていないと人間がちょっと…だらしなくなる気がします」「仕事に集中できる理由は一つしかありません。食べて生きていくためです。仕事とはそういうものです」「給料日だけ見ながら走るんです。それで給料が入ったら1.2日はちょっと気分が良くなってそれで…また次の給料日に向かって走るんです」「多くの意味を付与する必要はないと思います」。すべて印象的だった。世界のトップアイドルが、億ションを買っている男が言うのである。アイドルらしからぬ言葉だ。私は彼のアイドルを真っ直ぐ仕事と思っているところが好きだ。仕事として正しく向き合っている。それが誠実なもんだから冷めているようには感じない。信用できる人間だと思う。勿論彼の場合、仕事のうちでも作詞作曲編曲というアイドルよりは「仕事」らしいともとれる部分が多くを占めているからかもしれない。

 

 

あなたの言う通りだった。社会の中で生きる人間が働くことに多くの意味を付与する必要はない。仕事をしないとだらしなくなる。食べて生きていくために給料日に向かって走るのだ。

自分より大事なもの

 

今年の夏、実家に帰った。わたしが産まれた頃の写真や、わたしが産まれる前の母の写真を見た。

母親を一人の他人として認識することはとても難しい。母は何であるよりも先にまず母であるからだ。だけど、写真の中の母は若くて、きれいで(今だってだいぶきれいだと思うけれど)、私に馴染みのない服を着ていて、ちなみにすごく太っていた。私の知らない友達と旅行に行っていたりしていた。


わたしは何かに縛られることが嫌いだ。好きなものしか、大事なものしか選びたくないし、関わっていたくないし、気が向いたらすべて投げ出して好きなように生きたいと思ってしまう。たぶん好きなように生きるということの意味もわからずに。


母とこれからどうしていくのかという話をした。祖父は入院していて、母は去年会社勤めを辞めて開業していて、わたしはもうすぐ21になり大学3年生になる。

母のこれからの話をしているとき、私は友達と話すときのように「自分が好きなようにしたらいいのに」と言った。私はもう20歳も超えているし、母がしたいことをするために今わたしが母にしてもらっていることが無くなったとしても、私はもう母を恨んだりしない覚悟ができていると思った。


「いつも貴女がそういう考え方をできるのは、まだ自分より大事なものが無いからだよ」というようなことを母は言った。それは怒っている様子ではなく、逆にとても優しい目をしていた。


私はそう聞いたとき何故か写真の中の母を思い出した。写真の中の母は私と関係のない他人だった。ある程度好きなようにしていたと思う。わたしが小学生の頃に母の箪笥の奥にあった肩パットの入ったブランド物の服、ミツコの香水、24金のアクセサリー、そういったものたちは母だけのためのものだった。母が自分で選んだ仕事で自分で働き自分で買った自分のためのものだった。今それらの一部はむかし私と生活をするために売られてしまっている。


私は「そうかもしれない」と答えた。今の私には正直自分より大事なものはない。私は自分を大事にしてくれるもののことしか大事にしていない。それは自分で選んだものだし、自分よりも大事とは言えないと思う。

だけど母は私のことを自分より大事に思っているのだ。多分、ほんとうに。そしてその頃から私と母はお互いに関係のない他人とは呼べない存在になってしまったのだと思う。


そのことに気付くのに私は21年近くかかってしまった。18年も一緒に暮らしてきたというのに。


私と母は全く似ていないし、体型も声もものの考え方も得意なことも苦手なこともなにからなにまで違う。狭い空間でずっと一緒にいると息が詰まることもある。だけど大事な存在だ。


いつか母のように自分より大事なものができたときのことが楽しみでもある。私がすっかり変わってしまうこと。そしてもしその相手に「自分が好きなようにしたらいいのに」と言われたらニヤニヤしながら「それはあなたにまだ自分より大事なものが無いからだよ」言ってやろう。

日曜の午後

 

日曜の午後が嫌いだ。用事がなくひとりで家にいる日曜の午後が嫌いだ。でもその日曜の午後は大抵、「そろそろ一人で家でゆっくりしたい」と自分で思って選んだ日曜の午後だ。私は休みの日はたいてい昼過ぎに起きるので日曜に午前は存在しない。

 


起きて暫くして何か食べられるものをつくる(家になかったら近くのスーパーに買いに行く)。ダラダラと読み飽きた漫画を読んだりTwitterを眺めたりしているが映画を観たりでかけたり勉強したりという気にはならない。時間の使い方がわからなくなってくる。食べ物を食べると身体が重くなる。またベッドに戻って眠る。流石に寝すぎては行けないと思って1時間程度でアラームをかける。

 


アラームの音で目が覚めて外が暗くなっていてようやく、ああまた日曜の午後にやられていると気が付く。暗い室内。私のベッドはロフトにあるので天井が近い。どこかで水が流れる音が聞こえる。なにかの機械がうなる音が聞こえる。それなのにこれ以上なく世界が静かに思える。初めて、家に一人でいると静かなのだという当たり前のことに気が付く。

 

そのあたりで私は寝返りを打つのにも飽きてベッドの上に腰掛けいつもは考えないようなことを考え出してしまう。日々の営みのすべてがくだらなくつまらないことのように思える。本当に好きなことだけしたいことだけ選び取ったら私はどんな生活をしていたんだろう?と考える。それは今すぐでも選び取ることができるような気がするのに、世界の在り方なんて私の認識ひとつでまるっきり変えられる気がするのに、結局日曜の午後が終わると私は何事もなかったかのように日々の営みを続ける。あまり好きではないかもしれない人のことも、あまり好きではないかもしれないなどと考えずに顔色を伺いコミュニケーションをとるそれらすべてを当たり前のようにこなしていく。

 


本当に自分が納得できることだけ選び取って生活していけたらいい。他人や楽な自分のキャラクターに合わせて無理に言葉を発したくない。落ち込んでいるときは一人で落ち込み続けたい。本当に観たくて観る映画だけ観たい。知らない本を読みたい。私は本当はこんな人間なんだと、中途半端な距離感にいる人達に躊躇いもなく伝えたい。大好きな友達に会いたい。一緒にテレビやドラマを観て笑い合いたい。誰のことも縛りたくないし誰にも縛られたくない。期待しないでほしい。何も背負わせないでほしい。そのすべてを誰にも知られたくない。誰も私に語りかけないで欲しい。本当は何も欲してなんかいないふりがしたい。

 

私は日曜の午後が嫌いだ。世界に本当に私一人きりになってしまったような気がする。そして多分、私はずっと本当に世界に一人きりだと思ってしまう。私はずっと何処にも属していなくて、日々の生活はその事実から目を背けるためだけに無意味に積み重ねられているもののような気がする。そして、何より、そんな考えに浸っているのが心地よいのが嫌になる。私は日曜の午後が嫌いだ。

優しい人へ

1月の12日から15日まで帰省していた。高校の同窓会に出ることと、成人式を終えた友達の写真が撮りたくて。振袖なんかに回す金があるなら旅行に行きたいと思いそのぶんは貯金に回した私は成人式には出ない。全力で可愛くしてのかわいいかわいくない褒められた褒めてもらえなかったの応酬がすごく苦手なのだ。

 

12日の夜、家に着いてからすぐにシャワーを浴びて、着替えてメイクをして、高校の同窓会に行った。結婚式なども行う結構ちゃんとしたパーティー会場で。ドレスアップした女の子たちにおお華やかな、と思った。買ったばかりのモスグリーンのワンピースに真珠のピアスとネックレスをして、灰色のジャケットを羽織った。気に入っている。英語の先生には上から下までじろじろ眺められた後「あんた意外と地味だね」と言われた。地味で結構。私は今日の私のスタイルに納得している。友達が1番綺麗だよなんて言ってくれたので満面の笑みで返してしまった。

 

高校の時によく一緒にいて仲良くしていた友達は、皆私と共に東京に出てきている。今でも月に1度くらい会う。同窓会にいるのは皆卒業以来一度も会っていないような人達だ。

 


高校時代の私は毎日遅刻か欠席かどちらかをして、課題を出さず、寝てばかりいるような嫌なやつだったから、悪意を持っている人もいるだろうと思う。皆と仲がよかったり人の中心にいるようなタイプではない。私は、私とは違う、地元ではない国公立大学に行った友人に会いたかった。開始ギリギリの時間に会場に入ってきた彼女に思わず駆け寄っていた。

 


「1番会いたかったよ」
「私も1番会いたかった」

 


ふふ、と笑う。いちばん。狡い響きだ。同窓会で1番会いたかったと言い合うのなんてちょっと秘密の悪いことをしている気分。

 

彼女は出席番号が近かったのもあり席が近く、毎日(と言うか私が高校に行っている日は)一緒にお昼ご飯を食べ、数学の問題を共に解いた、清潔感あるすっきりとした顔と信じられないくらいすらりと美しい脚を持つ女の子だ。

 

周りの女子高生のように放課後カラオケやプリクラに一緒に行ったことはない。遊びに行ったことも、あったかな?教室に残って勉強していた帰りに買い物に行ったくらいだと思う。ただ、15歳から18歳の時期を長く一緒に過ごしているので、私にとって、高校の思い出は彼女と共にある。

 


高校の頃、気付いたらいつも違う男の子と付き合っていた私にどうやったら恋人なんてできるんだ、くそー、などと言っていた彼女も大学に入ってからもう2人目の恋人だと言う。クラスの卓に衝撃が走る。ああ、皆の脚だったのに、いやどうゆうことよ、あの…がねえ、人は変わってしまうんだなあ。

 


彼女は私と違ってなんとなく誰からも好かれていたのだ。

 


大学に入って数ヶ月経ったばかりの頃、彼女が一度電話をしてくれた。皆にはなんだかいえないんだけど、競技ダンスを始めたのだと言う。大学に入ってからすごく色んな人と出会った。両親と改めて合わないところに気がついた。等々。嬉しかった。楽しそうに大学のことを私に、話してくれるのが嬉しかった。とてもかわいいなと思った。素直なのだ。真面目なのだ。それはたいへんな美徳だ。

 


競技ダンスというものが私達田舎で育った人達に受け入れられるんだろうか、なんとなく言いにくい、というのは、少しわかる。彼女の出身地は私達の高校があった市よりもさらに田舎で、彼女は寮生だった。田舎の保守的な空気のことは私よりもわかっているだろう。

 

食事の最中に何かサークルとか入っているの?と聞かれた彼女が競技ダンスをやっている、と言って動画を見せると皆口々にかっこいい、すごい、なんだこれ、などと心からの感嘆の声を上げていた。私は隣でニヤニヤしてその光景を眺めていた。

 


同窓会が終わって、会場のロビーで彼女も含め数名で話していた。来月、大会があって東京に行くと云う。会いたい、話そう、もっと話したいことがたくさんある。そう言い残して彼女は帰っていった。

 

来月、私達は本当には会わないかも知れない。私達はお互い、きっと、それなりにお互いを特別に思っていて分かり合えている、けれどもこの2年間会わなかったのだから。

 

それでも東京に行くから会おうよ、本当に!と必死に言ってくれる。素直なのだ。抱きしめてしまいたかった。

 

 


さて14日。成人式を終える。夜、中学の同級生に飲みに行こうと呼び出された。後から男子も4人くるぜ、とも。正直4人のうち2人はまともに会話した記憶もなかったけれど、私達計7人は学年50人しかいない正規の中学の同窓会をつまんなさそうだとか嫌いな奴がいるだとかお金の無駄だとかとにかくそれぞれの理由で欠席している人たちで、まあなんとなく、親近感がある。

 

飲み屋で、男の子のうち1人が彼女と別れそうだという話をずっとしていた。

 

「クリスマスプレゼントにさあ、あっち看護学生で試験あるから大変だろうなと思って電気ブランケットと加湿器買ったわけよ」
「優しいじゃん」
「そうしたら私部屋に置くものには拘りあるからちょっと…って言われて」
「はあ?」
「友達に彼氏にクリスマス何もらったの?って言われてこんなの恥ずかしくて言えない、って言われた」
「なんだそれ何様よ」
「これ第1弾だよね?まさかプレゼントこれで終わりじゃないよね?って言うからヤケになって次の日1万のアクセサリー買ってあげたけどね」
「いやお前…」
「ホワイトデーも、手作りケーキとか憧れるって言うから朝から起きて作ったんだよ俺。なんだけどなんか微妙そうな顔してて…だから後でそういやGODIVAのチョコ食いたがってたなと思ってあげたの。そしたらこんな食べ物ばっか貰っても、インスタにあげても微妙じゃない?って言われて。あと俺今日誕生日だけど何も祝って貰ってねえな」
「「「「「「別れな?」」」」」」

 


とても悲しい話だ。

 

二次会でカラオケに移動するときもタクシー代を全て出してくれていた。場を盛り上げるために身体を張って声を張り上げ、酒を飲み、踊り、場を回していた。才能があると思う。よく通る声をしている。話がうまい。よく周りを見ている。気が効く。ウザいウザい、なんて言われながらも皆彼のおかげで楽しい空気に酔っていた。私にはできない。

 


すげーいいやつだよ。お前。なんでそんなお前の良さをわかってくれない女の子に振り回されちゃってんだよ。

 


カラオケは4時まで続き、皆とても疲れておかしくなっていた。とりあえず手を上げて振って跳ねて叫んでいた。帰り、私は彼と同じ方向だったので2人でタクシーに乗った。私達2人だけはあまり酔っていなかった。


「お疲れ様。本当にありがとうね今日」
「全然。俺はいじられる役でいるのが1番楽なんだよ」
「それは勝手だけど、自分を大事にしてくれない人と一緒にいてもこっちだけ削られるだだよ。せっかくいい男なんだから、絶対」
「いいこといってくれるね…昔から相談乗って貰ってばっかだったなそういや」


俺はお前みたいに器用になりたかったよ。


彼がそう呟いた。

私は器用なんだろうか。


私は、

そうやって皆に楽しい空気を提供できるところも自分にしっかりと愛を与えてくれるともわからない相手でも悪口1つ言わず大事にしてしまうところも自分の身を考えずまず他人のために行動してしまうところもワンチャンない女の子にも平等に優しく接することのできるところも、貴方の方が余程優れた人間だと思っている。


言わんけど。


時折自分は実はすごく嫌なやつなんじゃないかと思うことがある。傲慢なのだ。優しくないのだ。真面目さも素直さも私の憧れるものだ。それなのに当人達はその不器用さを悔いこんな私なんかを評価してくれる。

 

違うんだよこんなの、と叫びたくなる。ちょっと斜に構えているだけだ。そりゃあ本心からこうあろうと信念を持っているところも多少はあるけれど、何が本当かなんて自分じゃ何もわかっちゃいない。

 

好きだから、何かしてあげたいから、そんなシンプルな根拠で動いてしまう貴方達の方が余程尊いのに。

 


正直者が馬鹿を見る、でもないけど彼等がなんだかんだいつも損をしているのだ。ちょっと計算高くて狡い奴が憧れられてモテて出世するのだ。


声を大にして言いたい。この世に貴方達のことを本当に嫌っている人は1人もいないのだと。いじられ役に回り、見下されるようなことすらあっても、絶対に皆心のどこかで感謝していて嫌えない。絶対に分かっている。他人から悪意を向けられたことのないというのがどれだけすごいことか、と優しくない私は思う。


絶対言わんけど。

 

悔しいからね。私は私で、嫌な奴だな、と嫌っている人もいるだろう分本当に私を特別に好いてくれる人もいるので。そう変えられない性質だと思う。万人に好かれるような人間にはなれない。それはそれでいいと思っている部分もある。ただ憧れている。

 

素直で真面目でとても優しい貴方達のことが私は本当に好きだ。

私達は空を見上げない

くすんでいる。


住みよいくせに若者の欲望の、基本的なところと、そこより少しニッチなところだけを満たしている街。メジャーな、だけど、基本的なところよりは楽しみたくない?は満たされない。

 

ここは私のための街だと思った瞬間にその街は私のものになる。

 

私達は空を見上げない。空を見上げない私達は、工事をしている南口を、「なんだか最近白い壁に覆われている狭いところ」としか思えない。圧迫感。この駅前も住んで一年近く経つと真新しさなど何もない。心惹かれるものも。知らない街で見る知らない景色のように。

 


くすんでいる。

 


初めて歩いたこの街はなんだかきらきらと輝いて私を歓迎していた。私のものになってしまったこの街は輝いていない。

 


駅を出て1分と経たない。銀行の隣のコーヒーチェーン店。二階。螺旋階段を登る。喫煙席は窓に面している。

 

 

玩具の積み木のようだった。

 


空中にむきだしの木材が、階段状にぽっかりとある。その上に人がいてなにかを運んでいる。高い。目線を下げると工事中の白い壁の囲いの中だった。壁よりもずっと高くその木材は積み上がっていて、不思議と幼稚園の頃に見た聖書の挿絵を思い出した。バベルの塔だ。人がなにかを高く作り上げているところをわたしは俯瞰して見ている。神のように。


私達は空を見上げない。地の上の情報に追われて手一杯だ、だけど、少し視線を上げると思ったよりも世界は三次元的につくられていて、ひょっとして私の価値観ってつまらない?と思う。


心がわくっと動いた。


なにかを作ったり考えたりすることは今よりも少し、世界を広げることにあたる。ような気がする。詳しくなんか知るか。私は空を見上げるんだよ。